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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)128号 判決

控訴人(原告) マザリン・ガス・キャリアーズ・インク

右代表者社長 A

右訴訟代理人弁護士 牛島信

同 渡邊康

同 田村幸太郎

同 荒関哲也

同 長瀬博

同 小島健一

同 川合竜太

同 佐藤直史

同 渡邊弘志

同 東道雅彦

同 大塚幸太郎

同 東山敏丈

同 池袋真実

被控訴人(被告) 株式会社兵庫銀行

右代表者代表清算人 B

右訴訟代理人弁護士 山口修司

同 神田靖司

同 大塚明

同 中村留美

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、六億三八〇〇万円及び内一億五二五〇万円に対する平成四年八月二二日から、内一億六〇〇〇万円に対する平成四年一二月九日から、内六五〇万円に対する平成四年一二月二一日から、内一億五九五〇万円に対する平成五年六月二四日から、内九九五〇万円に対する平成五年七月二三日から、内三〇〇〇万円に対する平成五年八月四日から、内三〇〇〇万円に対する平成五年八月二三日から、各支払済みまで年八パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は、右二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴の趣旨(控訴人は当審において請求を減縮した。)

主文と同旨。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。(以下におけるゴシック体部分は、当審で付加、訂正した部分であり、その余は原判決を引用した部分である。ただし、誤字、脱字、句読点の訂正、その他原文と文意を異にしない程度の付加、訂正は、ゴシック体を用いずにする。なお、第一審原告を「控訴人」、第一審被告を「被控訴人」と略称する。)

第二当事者の主張

一  請求原因(保証債務履行請求)

1  被控訴人の無因保証

被控訴人は、平成四(一九九二)年七月六日、控訴人に対し、寺岡造船株式会社(以下「寺岡造船」という。)と控訴人との同年六月一九日付LPG等輸送船造船契約(以下「本件造船契約」といい、本件造船契約の目的とされた船を「本船」という。)に関して、寺岡造船の控訴人に対する造船代金前払金返還債務について、以下の約定の保証状(甲一、以下「本件保証状」という。)を発行し、控訴人のために、右債務の支払いを保証した(以下「本件保証」という。)。

本件保証は、被控訴人が以下の支払条件を満たす場合にはその条件のみによって本件保証状に基づく義務を履行しなければならず、寺岡造船の右前払金返還義務の有無など原因関係とは無関係にかつ原因関係に拘束されることなく、銀行(被控訴人)が受益者(控訴人)に対して支払いを行うことについての銀行による保証であり、英国法上「ディマンド・ギャランティー」(Demand Guarantee)」(以下「無因保証」という。)と称されるものである。

(一) 支払限度額

右前払造船代金合計九億五七〇〇万円及びこれに対する右前払金を支払った日から支払済みに至るまで年八パーセントの割合による利息金。

(二) 支払条件

控訴人が、被控訴人に対して、控訴人が寺岡造船に対する造船代金前払金返還請求権を取得するために至った事情及び控訴人が寺岡造船に対し書面によって右前払金返還請求をしたが請求日から七日以内に寺岡造船から右前払金及びこれに対する利息金が支払われなかった事実を記載した書面を提出することにより、被控訴人は、控訴人が右書面を提出した日から二一日以内に、控訴人に対し、右前払金及びこれに対する利息金を支払う(以下、右請求手続を「第二頁請求」という。)。

(三) 準拠法 英国法

(四) 専属管轄裁判所 神戸地方裁判所

2  支払条件の充足

(一) 控訴人は、寺岡造船に対し、本件造船契約に基づき、次のように合計六億三八〇〇万円の造船代金前払金を支払った。

平成四(一九九二)年八月二二日 一億五二五〇万円

同年一二月九日 一億六〇〇〇万円

同年一二月二一日 六五〇万円

平成五(一九九三)年六月二四日 一億五九五〇万円

同年七月二三日 九九五〇万円

同年八月四日 三〇〇〇万円

同年八月二三日 三〇〇〇万円

(二) 控訴人は、平成六(一九九四)年六月一〇日、被控訴人に対し、第二頁請求の手続に従って保証債務履行請求書を送付し右請求書は同月一五日に被控訴人に到達したから、被控訴人は、同年七月六日までに本件保証状に基づく支払債務を履行すべき義務を負う。

3  結論

よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件保証に基づき、六億三八〇〇万円及びこれに対する前記造船代金前払金の各支払日から各支払済みまで年八分の割合による利息金の支払請求権を有するものである。

二  請求原因に対する被控訴人の認否及び主張

(認否)

1 請求原因1のうち、(二)の支払条件は否認し、その余の事実は認める。

2 同2(一)の事実は認める。

3 同2(二)のうち、控訴人の主張する各内容の書面が、その主張する日時に被控訴人に到達したことは認めるが、その効果についての主張は争う。

(主張)

1 被控訴人の本件保証状に基づく支払義務は発生していない。

(一) 本件保証状の三頁には、「PROVIDED ALWAYS THAT(ただし、次のことを常に条件とします。)」の文言に続けて「①買主又は造船者が、本件造船契約に基づき、前払金の返還債務に影響を与えるべき事項を仲裁に付託し、かつ②造船者敗訴の最終裁決がされ、かつ③かかる裁定がされてから七日以内に造船者が控訴人に対して裁定に定められたとおりの返還金を支払わない場合には、被控訴人は、いつにても控訴人の要求により、七日の期間が経過してから一四日以内に控訴人に対してかかる裁定をされた返還金を支払う。」との記載がある(以下、右請求手続を「第三頁請求」という。)。すなわち、本件保証においては、造船契約の当事者間で返還金債務について争いがあり仲裁手続がとられた場合には第三頁請求による支払手続により、仲裁手続がとられていない場合には第二頁請求による支払手続によることとされているのである。

(二) 本件においては、控訴人が、平成五(一九九三)年一一月三〇日、ロンドンにおいて寺岡造船を相手として仲裁を申し立てているのであるから、第三頁請求のみが可能であるところ、造船者敗訴の最終裁定がされていないから、被控訴人の支払義務は発生していない。

2 仮に、控訴人が、第二頁請求の手続により、被控訴人に対して直ちに本件保証の履行を求めることが可能であるとしても、本件保証は以下のとおり、無因保証ではなく、原因関係である本件造船契約により寺岡造船が控訴人に対し造船代金前払金の返還義務を負うことを前提とするものである。

(一) 無因保証は通常の保証における請求者の負担を排除したものであるから、通常のものでないがゆえに、明確明瞭な文言によって原因契約等と無関係に支払いが行われることが契約中に示されることが必要である。英国の判例(例えば、英国貴族院におけるトラファルガー・コンストラクションズ事件一九九五年六月二五日判決《以下「トラファルガー判決」という。》)においても、「無条件で(保証する)」との文言が無因保証がどうかを判断する上で大きな意味を有するとされているのである。しかるに、本件保証状には「貴社が造船者に対して前記前払金を支払うことを約因として、署名者たる当行は本状をもって以下に定める条件により、本件造船契約の規定に基づいて支払われるべき総額の九億五七〇〇万円の全部または一部(中略)の支払義務が発生した場合には、造船者の貴社またはその承継人に対する前記金銭の返還を取消不能にて保証する。」との文言が記載されており(二頁第五段落)、無因保証であることを示す文言は全くないのである。かえって、「主たる契約の条件に従う。」との文言が挿入されているのであるから、本件保証状による保証債務の履行は無条件のものではなく、主たる契約である本件造船契約の造船者が造船代金の返還義務を負うことを前提としていることは明らかである。

(二) 前記のように、本件保証状においては、造船契約の当事者間に前払金返還債務の有無について争いのある場合に、仲裁手続を経ることを前提として第三頁請求が規定されているが、このこと自体、本件保証が無因保証ではないことを示している。

3 なお、寺岡造船には、本件造船契約に基づく前払金返還債務はそもそも発生していない。すなわち、本件造船契約は、同契約により買主に特別に契約解除権を与えている条項のいずれかにしたがって買主が解除権を行使したときに、前払金が返還される旨規定しているところ(本件造船契約書《乙六》第一〇条)、造船者が和議を申し立てた場合に買主に解除権を与える条項は本件造船契約にはなく、英国法にもかかる権利はない。本件造船契約が履行されなかったのは、控訴人が進水時に寺岡造船に支払うべき前払金を支払わなかったため、寺岡造船が有効に本件造船契約を解除したためである。

三  被控訴人の主張に対する控訴人の反論

1  第二頁請求と第三頁請求の関係について

(一) 本件保証状三頁冒頭には「PROVIDED ALWAYS」と記載されているところ、右文言について、右文言に導かれる部分はそれ以前の部分に対するただし書を挿入したのではなく、それとは別個独立の合意内容を規定したものであると英国控訴院及び貴族院が判断した例がある(英国貴族院エガム・アンド・スティンズ・エレクトリシティ・カンパニー・リミテッド対エガム・アーバン地区参事会事件判決《甲一六、以下「エガム判決」という。》)。本件においても、第二頁請求と第三頁請求とは、それぞれ請求のための要件、支払義務を負う金額及び支払時期において異なっているから、右判例と同様に解釈されるべきであり、第二頁請求は第三頁請求とは別個独立の請求であるから、第三頁請求の要件が満たされない場合であっても第二頁請求の可否には影響を及ぼさないと解すべきである。

(二) なお、仮に、第三頁請求の条件が満たされた場合には第二頁請求ができなくなるとしても、本件では、英国における仲裁手続が係属中の状態であり、第三頁請求の三つの要件を満たしていない以上、第二頁請求の行使は妨げられない。

2  本件保証が無因保証であることについて

(一) 無因保証は必ずしも「無条件」との文言を必要としない。英国の判例においても「無条件」との文言が記載されていない保証状について無因保証であると認定された例はある(例えば、英国女王座部《商事裁判所》シポレックス・トレード・エス・エイ対バンク・インドスエズ事件判決《甲九、以下「シポレックス判決」という。》、英国控訴院イーサル《コモディティーズ》リミテッド及びレルター・リミテッド対オリエンタル・クレジット・リミテッド及びウェルズ・ファーゴ・バンク・エヌ・エイ事件並びにバンク・デュ・カイロ・エス・エイ・イー対ウェルズ・ファーゴ・バンク・エヌ・エイ事件判決《甲一〇、以下「イーサル判決」という。》、英国控訴院ハウ・リチャードソン・スケール・カンパニー・リミテッド対ポリメックス・シーコップ及びナショナル・ウェストミンスター・バンク・リミテッド事件判決《甲八、以下「ハウ・リチャードソン判決」という。》)。

また、「主たる契約の文言に従う」とう文言が存在しても、無因保証であると認めることの妨げとはならない。英国の判例の中にも、「契約条項に従い」ないし「契約に基づき」との文言が記載された保証状が無因保証であると認定されたものがある(エガム判決)。

(二) 本件保証状による支払請求を行うためには書面の提出が必要である旨規定されているが(二頁最終段落)、控訴人が前払金請求権を取得するに至った事情については「簡略な記載」しか要求されていないことからみても、本件保証状による支払請求は原因関係とは無因であると解すべきである。

四  被控訴人の抗弁

本件保証状の有効期間は、控訴人への本船の引渡完了時または平成六(一九九四)年八月三一日のいずれか早い時点までである(本件保証状三頁ⅱ)。右有効期間内に控訴人から適正な請求がされなければ、本件保証状の効力は自動的に消滅する。控訴人は本件造船契約について仲裁を申し立てているが、平成六(一九九四)年八月三一日までに仲裁において寺岡造船に対する勝訴裁定を得ることができていないから、控訴人から被控訴人に対し本件保証状に基づいた適正な請求があったとはいえず、被控訴人の保証債務が発生しないまま右有効期間を経過したのであるから、本件保証状は失効した。

五  抗弁に対する認否

本件保証状に被控訴人が主張する有効期間の記載があることは認める。

しかし、控訴人は本件保証状の有効期間内である平成六(一九九四)年六月一五日被控訴人に到達した書面によって第二頁請求を行っているから、本件保証状の有効期間が経過したとの被控訴人の主張は意味がない。

理由

第一本件の裁判管轄及び準拠法について

一  本件は、パナマ共和国法に基づいて設立され同国に本店を有する控訴人が、日本法に基づいて設立され日本に本店を有する銀行である被控訴人に対し、保証債務の履行を求めている事案であり、いわゆる渉外事件である。

二  裁判管轄

裁判管轄については、控訴人・被控訴人間に本件保証に関する訴訟事件については神戸地方裁判所の専属管轄に服する旨の合意があるから(甲一)、本件の保証債務履行請求については右裁判所及びその上級審である当裁判所の裁判管轄を認めることができる。

三  準拠法

保証債務の履行請求は、保証契約の効力の問題であるから、当事者の意思により準拠法が定められるところ(法例七条)、本件保証については、控訴人・被控訴人間に英国法を準拠法とする合意があったことが認められるから(甲一)、本件保証債務履行請求については英国法が準拠法となる。

第二保証債務履行請求について

一  請求原因1の事実は、同(二)の支払条件を除いて、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件保証状の第二頁請求手続に基づき保証債務の履行を請求するところ、被控訴人は、本件保証状に基づく支払債務が発生していないと主張するので、検討する。

1  本件保証状には次の記載がある(甲一)。

(一) 貴社(控訴人)が造船者に対し上記前払金を支払うことを約因として、署名者たる当行(被控訴人)は、本状をもって、以下に定める条件により、本件造船契約の規定に基づいて支払うことがあるべき総額の九億五七〇〇万円の一部又は全部及びかかる金額に対する(上記により計算される)利息の支払義務が発生した場合には、造船者の貴社又は貴社の承継人に対する前払金の返還を取消不能にて保証します。(二頁第五段落)

(二) 造船者が本保証状(本件保証状)が保証する金額を一部でも期限に支払わない場合には、貴社は当行に対して、本状に基づく支払いを請求する書面を提出するものとします。(中略)かかる請求書の到達から二一日以内に、署名者たる当行は貴社に対して、上記に従って計算された当行の支払日までの利息を含めて、造船者から支払いを受けるべき金額の全額を支払います。(二頁最終段落、第二頁請求部分)

(三) 但し、(PROVIDED ALWAYS THAT)、①買主又は造船者が本件造船契約第一三条に基づき前払金返還義務に影響を及ぼすべき事項を仲裁に付し、かつ、②造船者敗訴の最終裁定がなされ、かつ、③かかる裁定がなされてから七日以内に造船者が貴社に対して裁定に定められたとおりの返還金を支払わない場合には、当行は、いつでも、貴社の請求により、かかる七日の期間が経過してから一四日以内に、貴社に対してかかる裁定された返還金(但し、本保証状の保証限度額の範囲内で)をお支払いします。(三頁第一段落、第三頁請求部分)

2  控訴人は、本件保証は原因関係の影響を受けない無因保証である旨主張するのに対し、被控訴人は、これを争い、本件保証は、原因関係である本件造船契約により寺岡造船が控訴人に対して造船代金前払金の返還義務を負うことを前提とする旨主張するので、これらの点について前記争いのない事実及び甲一(本件保証状、特にその記載文言)、同二八ないし三七、乙三、四、六、八、一二に弁論の全趣旨を総合して検討すると、次のとおり認定判断することができる。

(一) 本件保証状に基づく本件保証は、銀行による前払金返還保証(advance payment bond)である(当事者間に争いがない。)。

一般に、保証目的による保証状の分類としては、入札保証(bid bond)、前払金返還保証(advance payment bond)、履行保証(performance bond)などが挙げられるが、これらは原因関係からの独立性、無因性を有するか否かとはまったく異なる観点からの分類であって、用語それ自体には、原因関係からの独立性、無因性を有する保証状であるとの意味が含まれるものではない。

英国では、一八世紀以来、債務者の債務の支払い及び契約の履行を第三者が保証状により保証することが商取引の分野で行われるようになったが、当初の頃は、保証債務は原因となる契約に従属するものとされてきた。ところが、近年、商取引、とりわけ国際取引の実務において、銀行の保証状によって行われるこの種の保証を、原因関係とは切り離された独立の保証とし、原因契約とは独立の形式的で簡単な要件を定め、その要件が満たされれば銀行の支払義務が生じる無因保証(demand guarantee)が広く行われるようになり、判例法上も、実務の要請に対応して、「請求払無因保証」の効力を積極的に認めるようになった(ハウ・リチャードソン判決(一九七八年)、イーサル判決(一九八五年)、シポレックス判決(一九八六年))。

無因保証(demand guarantee)においては、保証人は、保証委託者の原因関係上の債務の存否如何にかかわらず、支払請求が保証状に記載された要件を充足しているか否かのみを点検して受益者に支払いをなし、保証委託者に対しその金額の償還を請求できるため、①受益者にとって、原因関係上の債務の存否につき受益者と保証委託者間に争いがあっても、保証状に記載された要件を充足した書類さえ提供すれば、保証人から簡易迅速に支払いを受けることができ(流動性機能)、かつ、②保証人である銀行にとって、原因関係上の争いに巻き込まれることを避けることができる(転換機能)、といった経済的機能があり、銀行としては、特に、右②の機能のゆえに、原因関係上の当事者の争いに関わることなく、受益者から保証状記載の(形式的)要件を充足した請求(ただし、請求自体が詐欺行為である場合を除く。)のみにしたがって保証債務を履行さえすれば免責を得られるため、専門に保証を業とする保証会社のような原因関係についての実質的審査の機構や能力を具備していなくても本件におけるような国際取引について保証をすることが可能となったものであり、要するに銀行取引実務上無因保証の保証状の発行を銀行業務として行うことが実際上可能となっているのである。

右のような無因保証(demand guar-antee)においては、保証人は、受益者からの一定の形式を備えた請求を受けて、それのみによって支払いをなすべきものとされ(オン・ディマンド性)、したがって、当該保証状中にオン・ディマンド性を示す文言が含まれている。そして、個々の保証状において実際に支払請求のために要求される書面によって様々な種類に分かれ、最も要件の軽いシンプル・ディマンド(simp e demand)は、受益者の保証人に対する支払請求の書類のみで足りるものであり、最も要件が重いものは、第三者機関の発行した証明書や仲裁判決等を求めるものであり、その中間位に位置するのが一般にオン・ディマンド(on demand)と呼ばれるもので、第三者機関の発行する書類を要求せず、受益者自身の作成する書類のみで支払いが可能となる点はシンプル・ディマンドと同じであるが、支払請求の時点で受益者自身が保証委託者に原因関係上の債務不履行があったことを書類上で宣言することが要求されるものである。

(二) ところで、銀行による無因保証は、保証人たる銀行にとって、前記のとおり原因関係に煩わされずに保証債務を履行して免責を得られるメリットがある反面において、原因関係上の抗弁を放棄し、その危険負担において受益者の権利行使を簡便容易にするものであって、銀行にとって危険性の大きいものであることは否定できない。したがって、保証状中に「無条件で」など無因保証であることを明確に示す文言が使用されることが望ましいことはいうまでもない。

しかしながら、銀行による保証状を無因保証であると判断した英国の前記各判例(ハウ・リチャードソン判決、イーサル判決、シポレックス判決―甲二八ないし三〇)は、いずれも、当該保証状中に、オン・ディマンド性を示す文言の記載はあるものの、「無条件で」などの無因保証であることを明確に示す文言の記載はなく、かえって、原因関係に言及した記載や、さらに進んで保証状に基づく銀行の支払義務が原因関係上の事由に条件づけられているとも読めるような文言を使用した記載があるにもかかわらず、当該保証状は無因保証であると認めている判例であって(すなわち、これらの判例は、当該保証状中に「無条件で」などの無因保証であることを明確に示す文言の記載があることが認定されたうえで、その文言どおりの無因保証の効力を認めるのが相当か否かが争われた事案ではない。)、当該保証状中に「無条件で」など無因保証であることを明確に示す文言が使用されていないことや原因関係への言及があることは、必ずしも当該保証状を無因保証であるとすることの妨げとなるものではない。本件保証状にも、①被控訴人の支払義務につき「取消不能」すなわちオン・ディマンド性を示す文言の記載はあるものの、②無因保証であることを明確に示す「無条件で」などの文言の記載はなく、また、③原因関係である造船契約について言及した記載があるが、右②③があるからといって本件保証状による本件保証の無因保証性を否定することにはならず、右各判例にしたがうときは、右②③の記載によって本件保証を無因保証とすることを妨げるものではないことになる。

なお、被控訴人において、保証状に「無条件で(保証する)」との文言の存在の有無がその保証状の無因保証性を判断するのに大きな意味をもつ旨の主張の根拠として引用するトラファルガー判決中には、確かに、「保証契約中で当事者は意図すれば、保証の通常の負担のいくつかを除外することができることは明白である。しかし、当事者がそうすることを選択した場合、契約における通常の法律上の結論を変えるためには、明確明瞭な文言が使われなければならない」との説示部分も存在するが、同判決は、当該保証人が保証を専門の業とする保証会社であり(その業務の性質から、原因関係について審査能力を有するとみられる。)、かつ、その保証会社が当該保証につき用いた保証証書が一五〇年以上も前から通常の保証の性質を有するものとして当事者間及び裁判所において認識されてきたものと同一の書式によっている場合に、その保証が通常の保証であると判断された事案において、受益者が、当該保証証書中の「これによって請負人が破った損害を保証人が弁済したときに同証書が失効する」との記載を根拠として、保証人はそうした損害を弁済する義務があり、原因関係上の相殺の抗弁を援用し得ないと主張したのに対して、前記の一般論を述べて、右受益者の主張を排斥したものであって、専門の保証会社とはいえない銀行により作成され、オン・ディマンド性を示す文言が記載されている保証状が無因保証であるか否かが争われた事案ではないのであるから、本件保証状による本件保証の先例となる判例とはいえない(甲三三、三四、乙三)。

(三) 以上によれば、前記のとおり、本件保証状には、原因関係と無関係の保証であることを明確に示す文言はなく、かえって、「本件造船契約の規定にしたがって」との文言が挿入され、かつ、「本件造船契約の規定」も特定されて引用されているものではあるが、本件保証状に基づく本件保証は、銀行による前払金返還保証(advance payment bond)であり、かつ、当該保証状中にオン・ディマンド性を示す文言(第二頁請求部分)が含まれており、ハウ・リチャードソン判決、イーサル判決、シポレックス判決を先例としてみる限り、本件保証は原因関係の影響を受けない無因保証であるということができる。

なお、ハウ・リチャードソン判決における事案は、銀行が保証をするに際して、保証委託者から逆補償を得ている事案であり(甲二八)、また、シポレックス判決においては、銀行の保証に無因責任を認めても、保証委託者との間の契約により適切な反対補償を得て、自らの利益を防御するのが通常であるから、銀行にとって実際上は過酷な結果となることはない旨の判示がある(甲三〇)が、これら両判決が、当該保証状を無因保証であると認める要件として、保証委託者から逆補償を得ていること、あるいは保証委託者との間の契約により適切な反対補償を得ていることを要するとしているわけではない(甲二八、三〇)から、本件保証において、被控訴人と寺岡造船との間に逆補償あるいは反対補償の合意があったか否かの点は、原因関係の影響を受けない無因保証であるか否かの判断に影響を及ぼす事由とはならないといえる。さらに、また、保証状を発する銀行と保証委託者との間の逆補償あるいは反対補償の合意の存否のような保証委託当事者間の事情については、通常は受益者の知り得ない事項であるから、取引の安全の観点からすれば、保証状が無因保証であるか否かの判断は、このような事項の存否に左右されることなく、当該保証状の記載内容自体から判別されるべきであって、保証状を無因保証であると認める要件として、保証委託者から逆補償を得ていること、あるいは保証委託者との間の契約により適切な反対補償を得ていることを要すると解することは相当でない。

なおまた、本件保証における契約当事者がいずれも英国法人でないため、英国におけるような無因保証になじんでいないとすれば、前記のとおり本件保証が無因保証であることを明確に示す文言の記載がなく、かつ原因たる契約である本件造船契約に言及しそれを引用する記載のある本件保証状を用いて本件保証契約を締結するについては、契約当事者(控訴人、被控訴人)は本件保証が右原因たる契約に附従するものであるとの認識を有していたのではないかとの疑問が生じなくもない。しかし、本件保証について契約当事者が準拠法として英国法を選択する合意をした以上、当事者の内心的な認識いかんにかかわらず、本件保証ないしその約定を記載した本件保証状の法的性質は英国法(英国の判例)にしたがって決定されるべきであり、英国の判例によれば、本件保証状による本件保証は無因保証と解すべきことは前記のとおりである。さらに、契約当事者の認識を問題とするにつき、一方の当事者である控訴人が本件保証状は無因保証の約定を記載したものと認識していたことは、被控訴人に対して本件保証債務の履行を求める本件訴訟手続の経過をみれば明らかであり、また、被控訴人に関しても、銀行実務において、本件保証がなされるかなり前から、本件のような国際取引についてなされる銀行による保証は、原因関係の抗弁をすべて放棄した無因保証とみなされることがあり、それがむしろ原則であることを指摘するものがあり(甲三一、三二)、銀行である被控訴人も、本件保証状のような保証状を用いてする保証が無因保証の性質をもつものとされることがありうる程度のことは承知していたものと考えられるから、本件保証の性質についての契約当事者の認識の点も、本件保証を無因保証と解することを妨げるものではないといえる。

3  次に、控訴人は、本件保証状の「PROVIDED ALWAYS」との文言は、第二頁請求に追加して第三頁請求を認める趣旨であるから、第二頁請求と第三頁請求とはそれぞれ独立したものであり、控訴人が第二頁請求に定める手続を履践すれば被控訴人は保証債務を履行しなければならないと主張するのに対し、被控訴人は、本件保証においては、造船契約の当事者間で返還金債務について争いがあって仲裁手続が行われた場合には第三頁請求による支払手続により、仲裁手続が行われていない場合には第二頁請求による支払手続によることとされており、本件においては、控訴人が、平成五(一九九三)年一一月三〇日、ロンドンにおいて寺岡造船を相手方として仲裁を申し立てたのであるから、第三頁請求のみが可能であるところ、造船者敗訴の最終裁定がされていないから、被控訴人の支払義務は発生していない旨主張する。そこで、これらの点について、前記2の冒頭掲記の証拠と弁論の全趣旨を総合して検討すると、次のようにいうことができる。

本件保証状には、「但し、(PROVIDED ALWAYS THAT)、買主又は造船者が本件造船契約第一三条に基づき前払金返還義務に影響を及ぼすべき事項を仲裁に付し、かつ、②造船者敗訴の最終裁定がなされ、かつ、③かかる裁定がなされてから七日以内に造船者が貴社に対して裁定に定められたとおりの返還金を支払わない場合には、当行は、いつでも、貴社の請求により、かかる七日の期間が経過してから一四日以内に、貴社に対してかかる裁定された返還金(但し、本保証状の保証限度額の範囲内で)をお支払いします。」(三頁第一段落、第三頁請求部分)との記載があることは前記のとおりであるところ、右の「PROVIDED ALWAYS THAT(ただし、次のことを常に条件とします。)」で始まる右記載は、第二頁請求部分に直接に続く部分として記載されていること、及び、①ないし③の三条件は、並列的に「and(かつ)」という文言で接続されている(甲一)。

したがって、第三頁請求は、第二頁請求に関する条件として記載されたものであると解するのが相当であるが、その条件は、①ないし③の三条件の全てを充足することが必要であり、①の条件が生じただけ(すなわち、前払金返還義務に影響を及ぼすべき事項が仲裁に付されただけ)では第三頁請求の手続を開始する要件を充足するものではないから、これによって第二頁請求手続が制限ないし排除されるものではなく、①ないし③の三条件の全てを充足した場合にはじめて第二頁請求手続及びその請求が排除されるものと解するのが、その文理上、相当である。そして、これを実質的にみた場合にも、国際取引において、銀行の保証状による保証がなされた場合には、原因関係上の複雑な争いは当事者間の仲裁などの手続に委ねつつ、とりあえず受益者をして簡易迅速に保証人から支払いを受けさせることとし、ただ、当事者間で前払金返還義務に関する紛争について仲裁手続が行われその最終裁定が下された場合にも、受益者が第二頁請求手続に基づいてその主張にかかる金額を常に請求できるとすると、後に関係者間での無用な求償の循環関係が生じてしまうため、保証状による保証債務も当該裁定額に限定してその請求対象とするのが合理的であり、そのための調整規定であると解することができるから、前記①ないし③の三条件を全て充足した場合にはじめて第三頁請求のみが許されると解するのが合理的解釈であるということができる。

一方、①の条件が生じただけ(すなわち、前払金返還義務に影響を及ぼすべき事項が仲裁に付されただけ)で第二頁請求手続が制限ないし排除されると解する場合には、いったん前払金返還義務に影響を及ぼすべき事項が仲裁に付されてしまえば、保証人たる銀行は当座の保証債務の支払いを免れることができ、さらに、保証状に定められた有効期限内に仲裁の最終裁定が下されない場合には保証状の経済価値は無に帰することになることが必至である。このような解釈は、仲裁手続の引延ばしによって保証状による保証の効力をたやすく失わせることを可能にするものであって、容認できるものではない。

三  請求原因2(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない(ただし、その効果の主張については争いがある。)。

四  以上のとおりであるから、その余を判断するまでもなく、控訴人の被控訴人に対する本件保証債務の履行請求はすべて理由があるから認容することとし、これと異なる原判決を取り消したうえ、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条に従い、仮執行宣言につき同法三一〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 古川行男 杉本正樹)

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